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<私の恩人>放送作家・高須光聖 笑いの原点は…松本人志のすごさにアリ!!







 お笑いコンビ「ダウンタウン」と小学校からの同級生で、今や日本テレビ「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」、テレビ朝日系「ロンドンハーツ」などを手がける放送作家界の第一人者となった高須光聖さん(50)。放送作家のみならず、脚本家、映画監督、ラジオパーソナリティとしても活動する高須さんですが、新たな試みとしてアートプロジェクト「1万円アート―ゆがんだ大人展―」(東京・パルコミュージアム、25日〜5月12日」も開催します。どこまでも、面白いことを追い求める原点は、小学校時代に見た松本さんの漫才にあると言います。


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 恩人、やっぱり、松本人志でしょうね。この業界に呼んでくれたのも松本ですしね。そもそも、僕は大学時代、3カ月ほどインド・ネパールをまわっていた経験から、卒業後は東京でインポートショップの仕事をやろうとしていたんです。でも、お店のオーナーがご病気されて、話がとん挫してしまった。そんな時、たまたまラジオの公開収録で東京に来ていた松本と連絡をとりあって会うことになったんです。

 互いの近況報告しあったところで、松本が「ほな、ウチのブレーンをやらへんか?」と言ってきたんです。僕にとったら、そんな仕事は考えてもいなかったので、正直に「オレにできるか?」と聞きました。すると、松本は「全然、できるよ」と言い切ったんです。「松本がそこまで言ってくれるんやったら…」とやることにしたんです。

 松本はそう言ってくれましたけど、実際入ってみると、全然、楽勝ではなかったです(笑)。大阪に戻って「4時ですよーだ」(MBSテレビ)という番組にスタッフとして入ったんですけど、本当に生意気な言い方になってしまいますけど、その会議が面白くなく感じたんです。というのは、今から考えたら僕が何も分かってなくて「そんなん、テレビでできひんやろ!!」というようなことばっかり考えていたからなんですけど。

 例えば、飛行中のジャンボジェット機の中で、芸人が“だるまさんがころんだ”をやるとか(笑)。そんなもんね、できるワケないんですよ。テレビのことも何も分かっていないヤツがそんなことばっかり夢想しているから噛みあわないんですけど、会議が面白くなくてね。

 だから、3カ月くらいで松本に「やっぱり辞めようかな」って言ったんです。そうしたら「オレが『いける』って言うてんねんから、大丈夫やって」と。僕からすると、昔から、松本はすんごく面白いヤツやったんで、その松本が再びここまで言ってくれるということは…、ということで、もう一回考え直したんです。そこから、この仕事と本格的に向き合うようになっていきました。

 松本と浜田(雅功)とは、同じ小学校やったんですけど、とんでもない衝撃を受けたのは、小学校5年の時でした。臨海学校で三重・伊勢志摩に行ったんです。3人とも違うクラスやったんですけど、晩御飯まで1時間半くらい自由時間があるということで、松本が当時からコンビを組んでいた同級生の相方と漫才をすると。それを見に行ったんです。

 そら、もうね、面白い。学年中のヤツが爆笑してるんですけど、僕も、たぶん浜田も、笑えなかったと思います。あまりにも、すごすぎて。僕も、浜田も、それぞれ相方を作って、漫才みたいなことを学校でやっていたんですけど、まるで違う。

 どういう漫才かと言うと、僕らの地元、尼崎の潮江という街に糸田川と熊谷という2軒の歯医者があって、その先生が街でバッタリ会って、ケンカになっていくという内容やったんです。

 今となれば、分かるんです。設定の妙なんです。その2つの歯医者は潮江の人間には小さな頃から刷り込まれている存在。学年中の人間が何度もその歯医者に行ってて、先生の顔も知ってて、しゃべり方も知ってる。その2人が街で会って、ケンカを始める。その時点で、もう面白いんです。大人になって、笑いの仕組みが全部分かって、やっと仕組みが分かりましたけど、今考えても、すごい設定です。

 そんな存在でしたから、松本が吉本興業のNSCに入ると聞いた時、僕はイケると確信していました。ただ、それと同時に、世の中には、もっとすごいヤツもいるんじゃないか、とも思った。

 そんな中、やっぱり、松本は頭角を現していく。特に、スタッフとして「4時ですよーだ」に入ってからは、自分が強烈に面白いと思っていたヤツやし当然やという気持ちの一方、正直、どこかで寂しくもありました。

 「松本」って呼んでるけど、どっかでは「松本さん」になっている。裏方と出役の差と言いますか。僕が「4時ですよーだ」に入った時は、スタッフでも一番下ですからね。一番のメインと一番下の自分。でも、友達なんです。この感じが、何とも言えませんでしたね。

 どっかで、スタッフとタレントになっていかなアカンのか。同郷で、平等で、フラットだった人間がどんどん偉くなっていく。そのサマは寂しくもあり、悲しくもあり、でも、それが現実という、ね。

 いろいろな感情を経て、今は普通に松本と呼べるようになりましたけど、松本は何がすごいって、小学校の時の形が今もそのまんまなんです。ただただ純粋に、笑ってほしいがためだけにやっている。面白いヤツだと思ってもらいたくてやっている。ホンマに、それなんですよ。

 「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系)の時なんかは、ホンマにズーッと考えてました。収録が終わっても、松本の家に行って、延々と話をする。その時に言っていたのが「10年後、同じように頂点を目指す芸人が出てきた時に『うわ、どんな笑いを目指しても、全部、ダウンタウンの足跡がついてる』となるようにしよう」ということでした。

 ありとあらゆることを話してきましたけど、面と向かって、互いに心の内を明かすというのはないんですよね。1回だけ、今の吉本興業の社長さんである、大崎洋さんとご飯を食べている時に「松本が感謝してたで。あいつ『高須のおかげや』とオレに言うてたで」と言われたのが、間接的ながら、唯一、言ってもらった言葉です。ま、そんなん、直接言われたら言われたで、気持ち悪いんですけど(笑)。でも、ま、うれしかったですね。

 そんなことがあるから、僕も、もっともっと返さなアカンと思うんです。恐らく60歳になっても、70歳になっても、松本人志は笑い声に飢えているはずです。笑い声のための何分の一か、そこでも、僕がアイデアを出せていたらエエなと思っています。

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